Gell『Art and Agency』読解4


4章 The Involution of the Index in the Art Nexus


(1)エージェント/ペーシェント関係の階層的埋込み
ここまでアート・オブジェクトをめぐる基本的な諸関係を検討してきたが、本章では二つ以上の項をふくむより複雑な関係式を考察する。その基本となるのは以下の式である。


[[[プロトタイプ(A)]→アーティスト(A)]→インデックス(A)]―→レシピアント(P)―α


この表現は第一に、インデックスがレシピアントに対してエージェンシーを発揮することを表している。次に、レシピアントがインデックスにアーティストのエージェンシーを(アブダクティブな推論を通じて)見出すとき、関係式[[アーティスト(A)]→インデックス(A)]―→レシピアント(P)が得られる。さらに、インデックスが表象するもの(=プロトタイプ)にアーティストの活動が従属していると(アブダクティブな推論を通じて)見なされるとき上記の式全体が得られる。


階層的な関係式を導入することの利点は、式の一部を変更することによって、アートをめぐる諸関係相互の相違を表現できることにある。例えば、上記の式αの前半部を変えると次のような関係式が得られる。


[[[アーティスト(A)]→プロトタイプ(A)]→インデックス(A)]―→レシピアント(P)―β


二つの式に対応するのは例えば以下のような例である。
α:Reynolds作「Samuel Johnson」(肖像画)。
この絵を鑑賞するものは、まず英国の文化的英雄であるJohnsonへの畏怖の念を抱く。そして、作者Reynoldsもまた同様の畏怖の念に方向づけられながら絵画を制作したと考える。
[[[Johnson (A)] Reynolds→(A)]→絵「Samuel Johnson」(A)]―→鑑賞者(P)


β:ダ・ヴィンチ作「モナ・リザ」。
この絵を鑑賞するものは、描かれたモナ・リザの姿形に、モデルとなった女性の存在ではなく絵描きとしてのダ・ヴィンチの活動を見出す。
[[[ダ・ヴィンチ(A)]→モデルの女性(A)]→絵「モナ・リザ」(A)]―→鑑賞者(P)


(2)ツリー構造


以上でみてきた関係式の基層になるのは、ツリー(樹木状の)構造である。ツリー状の表記法は、上記の括弧による表記と比べると効率的ではないが、論点を明確に表すことができる。ツリー構造による表記には主に次の二つのタイプがある。


(A)二次的エージェント(=インデックス)のエージェンシーを支える内旋構造


エージェントとしてのインデックスは、それ自身に階層的に従属するペーシェントの関係性を内包することがある。また、ペーシェントとしてのインデックスが階層的に従属するエージェントの関係性を内包するということもある。換言すれば、複数の次元で同時にエージェンシーのアブダクションを可能にすることによって、インデックスはその内部に階層構造を包含(involute)するのである。たとえば肖像画「Samuel Johnson」および「モナ・リザ」をめぐる関係の構造を、ツリー構造で表すと下の二つの図のようになる。


P54 図4.3Ⅰインデックス内部のエージェンシーにおける複数の次元

α「Samuel Johnson」       
         エージェント(インデックス)―――――→ペーシェント
            ↑    
     エージェント―――→ペーシェント
       ↑
エージェント――→ペーシェント


β「モナ・リザ

      エージェント―――――→ペーシェント
        ↑
エージェント――→ペーシェント
            ↑
          エージェント――→ペーシェント



(B)一次的エージェントのエージェンシーを支える内旋構造


エージェントおよびペーシェントがどちらの側でも一次的エージェント(ペーシェント)であり、その内部に階層構造が見られる場合がある。例えば学校で教師(レシピエント=パトロン)が生徒に「はい、今日の授業では各自の想像したものを描いてみましょう」と呼びかける。生徒たち(アーティスト)は指示をうけて自らのインデックスを作り出す。結果生まれたアート・オブジェクトは教師のエージェンシーを示すインデックスとなる。クラスに課題を与えた教師なしには、これらの実践は存在しない。このとき、レシピアント=パトロンとしての教師は、インデックス(絵)を媒介にしてアーティストたる生徒たちに働きかけるエージェントである。一方、ペーシェントとしての生徒たちも自らが絵によって表象するもの=プロトタイプに対してはエージェントとして振舞う。したがって、両者の関係は以下の階層的関係式ないし樹構造によって表される。


[[レシピエント(A)]→インデックス(A)]―→[アーティスト(P)→プロトタイプ(P)]

↓あるいは↓
     レシピエント――――――――→アーティスト(P)

       ↑              ↑
レシピエント―→インデックス  アーティスト―→プロトタイプ


このような式においてレシピエントはパトロンないし第一原動力(prime mover)として現れる。「アーティスト(p)」という表記が意味しているのは、パトロンの要求をアーティストが受動的に受け入れているということを我々はインデックスからアブダクトするということである。


以下工事中・・・・