メモ(<コトバとモノ>再考)


シンプルに考えてみよう。
たしかにソシュール以降、構造主義の圏域にある*1私たちは「もの自体」という素朴な考え方が不正確な結論を生じさせることを知っている*2


その結果、私たちの知性はこの世界に存在する事物それ自体を直接把握することはできず、ただ言語による表現(表象)を通じてのみそれを認識することができる、そう言われてきた。


こうして、人類学者は憑依や呪術という出来事をこの世界に属するものとしてではなく、ただ語りが織り成す表象の体系においてリアルなものとして説明するようになり、ラカン派心理学者は、表象を通じて存在へと至ることの不可能性によって精神分析的主体としての我々の生を逆説的にも「リアル」に描き出してきた(例えばジジェク)。


しかし、ちょっとまって欲しい。そもそも「この世界に存在する事物それ自体」などと言ってしまえる私たちが、なぜそれは認識不可能であるなどというトリッキーな考えに納得してきたのだろうか。20世紀の人文社会科学を規定してきたコトバというリアリティは、このまま私たちの思考を制約し続けるのだろうか。この制約のおかげで見えなくなっている多様で重要なこの世界の営みを日々の「そこここ」に感じるからこそ、その根本的な問い直しを試みる必要があるといつも考えている。だが、そのためにはできるだけシンプルに、そして執拗に考えることが要求されるだろう。


簡単な例をだす。
A1「ロボットが止まっている」
A2「ロボットが歩いている」
二つの言明はそれぞれ別個に考えれば世界に存在する事物それ自体ではない。「ロボット」も「止まる」も「歩く」も理解できない幼児は、二つの言明の中で描き出されている現実に触れることはできないだろう。しかし、二つの言明が時系列で並んでいるとき、つまり「ロボットが止まっている」→「ロボットが歩いている」という二つの言明をつなげているのは言葉だろうか。そうではあるまい。二つの表象をつなげているのは単に「ロボットが歩きだす」ということそのものである。それは、もどかしい言い方になるが、この世界の無数の存在者を(が)駆動する「力」であり、「ロボットが歩き出す」という言明はその結果にしかすぎない。そして、幼児もまた―しばしば我々より鋭敏に―この「力」を感覚する。だからこそ幼児もいつの日か「ロボットが歩きだす」と言明できるようになるのではないだろうか。


人類学者は以下のように反論するかもしれない。


上の例は単純に物理的-生物学的次元の話じゃないか。我々はもっと微妙なものを扱っているんだ。例えばこの二つを並置させたらどうなる?
B1「Aさんは腰を屈めている」
B2「Aさんはおじぎをしている」
前者やA1,2については世界についての普遍的な言明だと認めても良い。しかし、B1からB2への変換を可能にしているのは特定の意味の体系、すなわち文化の介在に他ならないんだ。日本文化の内部にいる人間には2が見えても、その外にいる人間には見えないのだよ。


こうして、<A1→A2>と<B1→B2>の違いから、異なる二つの認識可能な領域、つまり<自然=科学>と<人為=文化>が配分される。


しかし、ちょっとまって欲しい。我々はB2の言明をいかにして自分にとってリアルなものとするのか。それは「日本文化」などというどこにあるのかも分からない体系を自らに注入することによってではない。「Aさんは腰を屈めている」「Aさんに対応してるBさんも腰を屈めている」「Aさんが腰を屈めないと、横にいるCさんがAさんの頭をおさえつけた」「Aさんが腰を屈めすぎるとまわりの皆が不思議そうな顔をした」等々の無数の言明に対応する経験を繰り返すなかで『おじぎ」の内実が形づくられているのではないのだろうか。「Aさんは腰を屈める動作をしているが、日本ではあれを「おじぎをしている」と言うのだよ」などという言明は、少なくとも「おじぎ」の内実を形成するためには、必要不可欠のものではない。日本で暮らし始めた外国人がそれによって「おじぎ」ができるようになるわけではあるまい。そして、これらの言明を貫ぬき纏めあげる「力」が働いているからこそ、Aさんはおじぎをできるし、おじぎを覚えることができるのではないだろうか*3。そして、この「力」がロボットを歩き出させていたあの「力」とは異なるものだと、本当は言えないのじゃないだろうか*4


浜本満氏が提起した「自然法則と人為的規則の区別の不可能性」という主題をここまで執拗に考察しているのは、以上のような動機があるからだ。彼が取り出した「比喩的秩序」こそ、「力」と「コトバ」のある種の関係づけに他ならないと思えてならないからだ。そして、人類学という学問が自然人類学と文化人類学というどこか奇妙な分割をなしているその狭間に、記号と生命と技術が密接にからみあうこの世界の営みをダイレクトに捉える視線を導入することがどうにかして可能なのではないか、と思わず考えてしまうからである。そしてまた、構造主義とはコトバの秩序からのがれでる種々の力の働きを、コトバの秩序が、歪み、きしみ、寄生し変容する様を描くことによって指し示そうとした試みではなかったかと、少々期待をこめて考えてしまうのである。

*1:構造主義が過去の遺物だなどと言うのはおそらくただの勉強不足だろう。70年代以降の諸説の多くは、ある意味で構造主義の提起した根本的な問題を回避して部分的に論文を生産するための装置にすぎなかったようにも思われる。

*2:その根拠として発見されたものこそ、まさに文化によって同じものも違うものに<見える=なる>という経験、つまり相対性としての「文化」だ。

*3:ここでは「おじぎ」などとは表記しない。おじぎをすることは断じてこの世界の出来事だと考えるから

*4:もちろん「おじぎ」を憑依におきかえても同じことが言えると考える。ただし「憑依」を可能にする力は「おじぎ」を可能にする力とは異なった動き方をしていることは当然だろう